溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「……あっ」
首から鎖骨に唇を滑らせた彼が、そこに吸いついた。
「いっ……な、にを」
痛いくらいに吸い付かれて、抗議の声をあげる私を眉間にシワを寄せた主任が見下ろしている。
もしかしてこれは、怒ってる?
「どうしてここで、敬語になるのかな。今、俺は君の上司じゃない。そうやって沙奈は、わざと俺とのあいだに壁を作ってるよね。大事なところには、決して踏み込ませてくれない」
主任の言葉に、視線が揺れる。その目を見てしまったら、なにもかもが暴かれてしまうような気がして怖かった。
決して目を合わせない私に苛立ったのか、強引な仕草で顎を掴まれる。いつも冷静な彼らしくない仕草。
目が合った彼は、なにも言わない私にあきれているのか、焦れているのか、ひどく険しい顔をしていた。
「本当に沙奈は、頑固で強情で意固地だね。おじいちゃんの言う通りだよ。沙奈を手懐けるのは骨が折れそうだ」
深いため息をついた主任が、あきらめたように私の上からどいてベッドに寝転がる。
背中を向けた主任に、今日は抱きしめて眠ってくれないのかと寂しくなった。
この人のぬくもりに慣れてしまうのは怖い。だけど……もっとこの人に触れていたい。