溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「な、な、あ、ありえな…… 」
「そおかぁ。じゃあ、東吾くんにがんばってもらわないと。ご両親にも挨拶しないとなぁ」
じいちゃんもなに言ってるの! なにをがんばるのよ。それに挨拶って……なんの挨拶?
「近々、茨城のご実家にご挨拶に行きますよ。うちの両親もおじいちゃんに会うのを楽しみにしています」
「いやぁ、緊張するなぁ。東吾くんのお父さんていうのは、天下の桐島フーズの社長さんだからなぁ」
「仕事を離れれば、ただの釣り好きの親父ですよ。僕が身を固める気になったのがうれしいようで、早く事を進めろと急かされてます」
「じゃあ急いで日を決めっぺ」
動揺する私を置いてけぼりに、どんどん話が進んでいく。
おかしい、なぜかどんどん外堀が埋まっている気がする。
「さ、月見酒をいただきましょう。沙奈も、少しなら飲めるだろう?」
「う、うん」
月を見ながらお酒を飲むなんて、なんだかすごく贅沢だ。
なのに、それを素直に楽しめない。それも全部、隣でにこやかな笑顔でじいちゃんに青い切子ガラスのコップを渡しているこの人のせいだ。
「お、こりゃ、いい酒だな。飲み口が柔らかいわ」
「僕が選んだ、とっておきですから。沙奈もこれなら飲みやすいと思うよ」
赤い切子ガラスのコップを受け取って、とりあえず落ち着こうとそれを口に含む。