溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

「……おいしい」

「ほんと、うまいなぁ。東吾くんの選ぶものはなんでもうまい」

それは言えてる。主任の見立ては、いつもたしかだ。本当においしい日本酒はすっと飲めるっていうのは本当なんだ。

日本酒って、飲んだあとに喉がかっと熱くなるのが苦手だったけど、これはほんとうにおいしい。ちょっとはまっちゃいそう。

「お口に合ったならよかった。沙奈は、あまりお酒に強くないんだろう。飲みやすいからって、一気に飲むとすぐに酔うから気をつけて」

「う、うん」

主任の忠告に素直にうなずいて、チビチビとお酒を飲む。

「綺麗な月だなぁ。天国のばあちゃんと和雄にいいみやげ話ができた」

「ムーンロードに祈ると、願いが叶うという言い伝えもあるそうですよ」

「そうなのか……。じいちゃんの願いはひとつだけだ。沙奈が幸せになることが、じいちゃんの一番の願いだ。東吾くんと、幸せになってほしい。ふたりとも、じいちゃんの宝物だ」

「……幸せにしますよ。僕の一生をかけて、沙奈は幸せにします。だから、安心してください」

「ああ、安心だな。沙奈の花嫁姿、見れっかなぁ」

その言葉に、ヒヤリとする。思わずじいちゃんを見ると、月を見ながら穏やかな笑みを浮かべていた。

ああ、もう本当に残された時間は少ないんだ。その顔を見て、そう確信する。

現実は、残酷だ。時は止まってはくれないし、いつまでも生きていてほしいと願うことは、私のわがままだ。

< 90 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop