溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「……おいしい」
「ほんと、うまいなぁ。東吾くんの選ぶものはなんでもうまい」
それは言えてる。主任の見立ては、いつもたしかだ。本当においしい日本酒はすっと飲めるっていうのは本当なんだ。
日本酒って、飲んだあとに喉がかっと熱くなるのが苦手だったけど、これはほんとうにおいしい。ちょっとはまっちゃいそう。
「お口に合ったならよかった。沙奈は、あまりお酒に強くないんだろう。飲みやすいからって、一気に飲むとすぐに酔うから気をつけて」
「う、うん」
主任の忠告に素直にうなずいて、チビチビとお酒を飲む。
「綺麗な月だなぁ。天国のばあちゃんと和雄にいいみやげ話ができた」
「ムーンロードに祈ると、願いが叶うという言い伝えもあるそうですよ」
「そうなのか……。じいちゃんの願いはひとつだけだ。沙奈が幸せになることが、じいちゃんの一番の願いだ。東吾くんと、幸せになってほしい。ふたりとも、じいちゃんの宝物だ」
「……幸せにしますよ。僕の一生をかけて、沙奈は幸せにします。だから、安心してください」
「ああ、安心だな。沙奈の花嫁姿、見れっかなぁ」
その言葉に、ヒヤリとする。思わずじいちゃんを見ると、月を見ながら穏やかな笑みを浮かべていた。
ああ、もう本当に残された時間は少ないんだ。その顔を見て、そう確信する。
現実は、残酷だ。時は止まってはくれないし、いつまでも生きていてほしいと願うことは、私のわがままだ。