溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
無表情の奥に感情を隠していたこの人の本当の姿を知ってしまったから、知らなかった頃にはもう戻れない。
矛盾している、と自分でも思う。彼の気持ちから目を背けたいのに、このぬくもりを失いたくない。
深呼吸を数回繰り返してから、私は覚悟を決めて口を開いた。
「……私、不倫……してた」
「不倫?」
身体を離そうとする彼に、きつく抱きつく。彼に冷たい目を向けられたら、きっと耐えられない。
「離れないで。できれば……抱きしめていて」
「ん、わかった。でもちょっと……移動していい? この体勢だと、いろいろきつい」
そう言われてハッとする。主任は私に覆いかぶさったままだ。その主任の首に、私はしがみついている。たしかにこの体勢は、話をするには落ち着かなそうだ。
「あ、はい。ごめんなさい」
ついでのように私の衣服の乱れを直した彼が、横に寝転がって抱きしめてくれる。
「それで? 沙奈は、相手の男が結婚していることは知ってたの?」
「いえ、知りませんでした。でも、知らなかったですむ話ではありませんから」
彼と出会ったのは、桐島フーズに入社して一年が過ぎた頃だった。その頃、営業部にいた私が初めてひとりで担当した取引先の担当者が彼だったのだ。
七歳年上の彼はとても大人に見えて、新人だった私にとても優しかった。
今思えば、女子校育ちで恋も社会も知らない、世間知らずの田舎娘だった私は扱いやすかったのだろう。