溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
優しくされ、甘い言葉をささやかれ、恋に落ちるのは、あっという間だった。
彼からの告白でお付き合いを始めた私は、初めてできた恋人に恥ずかしいくらいに浮かれていた。
初めてキスをした日は一晩中唇の感触を思い出し、彼と迎える初体験を想像してベッドの上で身悶えした。
「恋に恋する、痛い女だったんです。将来のことも話してくれていたから、ちゃんと考えてくれてるんだなって勘違いして。本当になにも見えてなかった」
黙ったままの主任がなにを考えているのかが、わからない。今、彼はどんな顔をしているのだろう。
でも、私の髪と背中をなでる手は優しい。閉じ込めたままだった、辛かった記憶を呼び起こす。
彼の手が、私を癒して励ましてくれる。そんな気がして、ずっと見ないようにしていたあの頃のバカで恥ずかしい自分を、今なら受け入れられる気がした。
「本当にバカでした。家を教えてくれなかったし、会うのはいつも平日。夜は携帯の電源が切れてることが多かった。充電を忘れたなんて言い訳を信じて。そんな人なのに、いつも柔軟剤のいい匂いがするし、几帳面にハンカチにまでアイロンをかけてあった。おかしいところはたくさんあったのに。決定的な場面を見るまで、なにも気がつかなかった」
ある日、偶然目にしてしまったのだ。奥さんとふたりで、とある場所から出てくるのを見てしまった。
「奥さん、妊娠中でした。すごく幸せそうで、膨らんだお腹を愛おしそうに撫でてた。それを見て、ゾッとした」
産婦人科から奥さんと出てきた彼の左手には、しっかりとプラチナのリングがはまっていた。
それを見て、今までの彼の言動、行動のおかしい部分があったことにようやく気がついた。