溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「人様の家庭を壊すことをしている自分に、ゾッとしたの。血は争えないな、と思った」
私を見るたびに、不愉快そうに眉をひそめる父親の姿に気がついたのはいつだっただろう。確信に変わったのは、小学校高学年の頃だった。
聞いてしまったのだ。じいちゃんに、『沙奈は奈緒子にそっくりだ。顔を見るのが辛い』と話しているのを。
『いつか沙奈も、奈緒子のように人の人生をめちゃくちゃに壊すような女になるのではないかと思うと、怖くてたまらない』
震えた声で発せられたその言葉は、幼い私の心に深く刻まれた。
母のようにはなるまいと、私は“いい子”であり続けた。勉強もがんばったし、率先して家の手伝いもした。
じいちゃんとばあちゃんの「沙奈はかんかだな」が、なによりの褒め言葉だった。
だけど、私は……本当はお父さんにそう言ってほしかった。
お母さんではなく、私自身を見てほしかった。お前はお母さんに似てないって、ただ、笑いかけてほしかった。
でも……お父さんは、正しかったんだ。私は、あの人にそっくりだ。
どんなにいい子を演じても、私には憎いあの母親の血が流れている。
「うちの母親、ご近所の旦那さんと不倫関係になって、離婚したの。しかも、奥さんは妊娠中だった。お父さん、すごく大変だったみたい。会社にもいられなくなって、体調も崩して。茨城に私を連れて逃げてきた。私、母親とそっくりなんだって。本当にそっくり。幸せな家庭を壊そうとしてた」
終わりはあっけないものだった。奥さんの肩を抱いて微笑んでいた彼が、呆然とその光景を見つめている私に気がついた。