溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「──っ」
次の瞬間、温かい何かに抱き留められて、
ありすははっと顔を上げた。

「あっ……」
ありすを抱き留めていたのは
ダークスーツに身を包んだ20代後半位の男性だと気づく。
穏やかそうな顔立ちに、少しだけ驚いたように
微かに瞳を見開いている。

だが、次の瞬間、
ふわり、とその瞳を細めて笑みを浮かべた。

「ほら、落としたりしなかったでしょう?」
少しだけ長めに整えらえた前髪が
夜風に緩やかに揺れる。
微かに香るのは男性用の香水の香りだろうか。

それもこの距離まで近づいたからようやく
感じられるほど微かに品よくつけられていた。

闇の中で、きらりと光る切れ長の瞳をしたその人は
昏くて顔まではっきりと確認できないものの、
涼やかな容貌をしているように、ありすは思う。

(……って、ちょっと待って?
私、今、男の人にお姫様抱っこされてる!!!)
その事に気付いた瞬間、

「きゃあああああああああっ」
ありすは無意識で悲鳴を上げて、暴れ始める。

「ちょ……人が来ますよ」
男性に慌てて唇を手で覆われて、
じっと瞳を覗き込まれた。

「──お静かに願います」
穏やかにそう言う男性は
半ばパニックになったありすが暴れても、
彼女を取り落とすことはなかった。

「……おや。裸足なんですね。
それではしばらく、
私に抱きかかえられているしかありませんね。
……ありすお嬢様」

そう言われて目の前の見知らぬ男性が、
父親に関係する人間なのかとありすは、改めて思い至る。
この人からも逃げなければ、と、
抱き上げられた恥ずかしい恰好のまま、
ありすは必死でお願いをすることになった。

「あの、このまま逃がしてください。
私、このままだと良く知りもしない人のところに
お嫁に行かないといけなくなってしまうんです。

まだ……初恋すらしてないのに!」
そう叫ぶありすに、男性は小さく笑って答える。

「すみません。
貴女を逃がして差し上げることは出来かねます」

「え、どうして!」
咄嗟に尋ね返したありすに、男性は瞳を細め、
柔らかい笑顔を唇に浮かべ、答えた。

「……私は貴女を探しに来たのですから……」
< 2 / 70 >

この作品をシェア

pagetop