溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「ふふふふふふふ」
 くすぐったくてキモチイイ。

露を含んだ冷たい夜風が、木々の葉を揺らし、
二人の間を駆け抜けていく。
ありすは気づくと小さく笑っていた。

「三日月が、綺麗だね」
 そう言ってしゅんくんが伸ばした手の先に、
細い細い三日月と、それを彩る星が見えた。
なんだか絵本の様な景色に、
ありすはゆっくりと目を見開く。

「君はお姫様みたいだね」
 くすっと笑って言われた言葉に、
ドキンとしてしまう。
ありすはしゅんくんは王子様みたい、と
言い返したいのに
恥ずかしくて唇は言葉を紡いではくれない。

 二人の背中側では、
ありすの父が主催しているパーティの喧騒が聞こえる。
だけどそれに背を向けて夜空を眺めている二人には、
そのざわめきは届かない。

ありすが幼い胸をときめかす鼓動の正体が何なのか、
それを見極めようとしていた時。

「……しゅん……く……」
 耳元で優しい歌声が聞こえてきた。
ありすは名前を呼びかけていた口を噤み、
その声に聞きほれてしまう。
柔らかくて、優しくて、温かくて。
大人の人の声とは違う。
でも子供の声とも違う、変声期を
乗り越えたばかりの声は柔らかく伸びて心地よい。

 ふわりと柔らかい指先が
ありすの髪を梳いていく。

額に掛かった指が心地よくて。

「……眠くなっちゃった? 困ったな。
抱きかかえて降りるのはさすがに厳しいんだけど……」
 まあいいか、そのうち誰かが
気づいて迎えに来てくれるだろう。

 変わらず髪を撫でながら、
そう呟くしゅんくんの声に、
ありすはうっとりと意識を手放す。

 しゅんくんの手が心地いいから。
眠たくなってしまうのだ、とそう思いながら……。


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