溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「……お嬢様?」
 どうやら昔のことを思い出して、
ぼうっとしていたらしい。

 目が覚めた後、ベッドの中から、
ぼうっと天井を見上げていると、
ノックをして入ってきた橘は
少しだけびっくりしたように、ありすのことを呼んだ。

「あ、橘さん、おはようございます」
 慌てて布団から身を起こし、
慌てて布団を抱きしめて見上げると、
ふっと橘は瞳を細めた。

「昨日は遅かったですし、お疲れのようですね。
ゆっくりお休みになっていただいても……」
 寝乱れた髪を整えるような橘の指が心地よくて、
ありすはふっと瞳を細めてしまう。

微かに息を飲むような気配を感じて、
はっと瞳を開くと、
目の前に端正な橘の顔があって、
驚きに震える睫毛の動きさえ確認できてしまうから。

「あっ……」
 互いに視線が絡んで、言葉を失う。
何故かその表情は懐かしくて。
再び瞳を閉じてしまった。

「……随分と、無防備ですね」
 少し呆気にとられたような橘の声がする。
けれど、先ほど触れていた手は、
今度はありすの髪を撫でるような動きに変わっていく。

「…………」
 なんて答えたらいいのだろう。
でもそれを彼女の執事に尋ねる気には何故かならなかった。

(橘さんの手はキモチイイな……)
 優しい指先に、ふわふわした心地よさを感じている。
こんな事、以前あったような気がする。
ドキドキと鼓動が高まるのに、どこか幸せで。
跳ね上がる鼓動すら甘く心地よく感じる。

(なんかわからないけど、
胸が苦しいのに、幸せな気がする)

 その理由はなんだかわからないけれど。
 ギシリとベッドの鳴る音がして、
ベッドの傾きから彼が端に座った様子が伝わる。
微かに体の比重がそちらの方に移動する。

(──あっ)
 微かに髪を撫でる手が力が増し、
自然と傾きと共に、ありすの体は橘の胸の中に落ちていく。 
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