溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「……ふっ」
 体を預けた人の、笑みが
微かにこぼれたような気がして、ドキっと心臓が高鳴る。

「お嬢様、また眠たくなってきましたか?」
 ふわりと髪を撫でてくれる手のひらが心地よい。
微かに薫る香水の匂いが甘い疼きを胸に湧かせる。
 本当は眠くなんてない。
でも、眠たいふりをしたら、
橘さんはしばらくこうしててくれるかも。
そんなズルい考えが少しだけ頭をよぎる。

「……全く困ったお姫様だ……」
 微かに笑う気配は、どこか執事というよりは
普通の男の人みたいで。

ありすは眠たくなったふりをして、
この腕の中にもう少しいてしまおうと、
そんな欲ともつかない想いに駆られている。

「すぅ……」
 寝息のまねごとをしていると、
本当に心地よくて眠くなってしまいそうな気がする。
昔、子供の頃に似たような事をしたことがある。
あれはいつのことだったのか……。

「……ありす様? お嬢様?」
 でもきっと眠ってしまったら、
大人しくベットに寝かしつけられてしまうのだろう。
そう思いながらもありすは寝たふりをやめられなくて。

「……やっぱり寝てしまったんだな……」
 声を掛けられても反応しないありすに、
すこしだけ橘の言葉は執事らしい
ビジネスライクな物から普通の男のものに変わっていく。

「……何も知らないで……これだから生粋のお嬢様は……」
 低い呟きは、何を言っているのか
分からないほど微かな音で、ありすには理解が出来ない。

「……俺なんかに、身を任していいわけないだろう?」
 ふわりと微かな気配がありすの額に落ちてくる。
それは……柔らかくて暖かくて……。

(……何だろう。胸が……)
 切なくて苦しい。

何を言っているのかわからない橘の
声音が心地よすぎて、涙がこぼれてしまいそうになる。

「…………もう、お休みになられましたか?」
 少しだけ声が大きくなり、普段通りに尋ねた言葉を、
ありすはあえて聞こえないふりをする。

もし、起きてしまえば、きっと
この腕の中から外に出なければいけなくなるから。

「──っ」
 次の瞬間、きつく抱き寄せられて、
ありすは彼の腕の中で目を微かに見開く。
それはどこか熱っぽい橘の行動で。

「……誰かのものにする前に、いっそ……」
 そう囁くと、次の瞬間、ふっと苦笑じみた笑みを零す。

「……ゆっくりお休みください。
再び目が覚めたら、
今度は美味しい紅茶を淹れて差し上げます」

 普段通りの橘の声が聞こえ、
男の腕から解放されたありすは、
そっとベッドに横たわらせられたのだった。
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