溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「今日の、コンサートはいかがでしたか?」
物思いに更けっていると
ふと目の前の秀麗な男性が笑みを浮かべて
ありすの顔を覗き込んだ。
「あっ……あの、すごく素敵でした。
やっぱり素晴らしい演奏をされる方なんですね。
コンサートで演奏を聞かせていただいたのは
初めてだったので」
慌てて目の前の男性に意識を集中する。
今日のコンサートのチケットは演奏者が
今人気なこともあってプラチナチケットだと
言われていることを橘から聞かされていた。
正直ありすは途中から物思いばかり捕らわれて、
半分以上真剣に見ていたわけでもなかったのだが……。
「ありすさんに気に入っていただけたのなら、
お誘いした甲斐があります」
コンサートホールを後にして、
今二人で座っているのは、老舗料亭の個室だ。
目の前には、丁寧に作られた芸術品と
見間違うような美しい先付けが並んでいる。
「失礼します。こちらがお凌ぎになります……」
着物を着た女性がありすたちの前に
小さな手毬ずしの乗った皿を置いていく。
「そう言えば、先日はありがとうございました。
もしかしてホテルに届けていただいたのって
こちらのお食事だったんですか?」
前回見た時も、似たような形の
手毬ずしがあったことを思い出して、
そうありすが尋ねると、
彼は一瞬箸を止めて、
困ったような顔をして、目を細めて笑う。
「……ご名答です。芸がなくてすみません。
私自身が親に連れられて、小さな頃から
ここの食事に馴染んでおりまして。
つい、こういう時には、
自分が食べて一番美味しいものを、と
そう思ってしまうんです」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべて
屈託なく微笑みを向けられると、
率直な言い方と、それに自分が食べて美味しいものを
と思ってくれた気持ちがとても嬉しく感じる。
「そうだったんですか。
でも確かにこちらの食事はとても美味しいです」
にっこりと笑みを返すと、
お互い目線を合せてくすくすと笑いあう。
「……素敵ですね」
「……え?」
驚いたありすの顔を見て、
藤咲は口元に指を当て、ふふっと小さく笑った。
「お互い微笑みあって、美味しいものを一緒に食べる。
こんな感じの小さな幸せを積み重ねていった先に、
きっと結婚生活があるんだろうなって」
突然藤咲の口から出た、
『結婚生活』などという言葉にありすは目を瞠る。