溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
その瞬間。

──ガタン、と音がして、通路の脇に飾られていた
花瓶に肘が触れてしまっていた。

「──っ?」
 咄嗟に身を引こうとした瞬間、物音に驚いたのか、
ふたりの視線がこちらを向いた。
「あっ……」
あせるありすをじっと見つめて、橘は呆然と声を上げる。
「……ありす……様?」

 咄嗟に、ありすの元に走り寄ってこようとする橘に、
女性は腕を咄嗟に掴んで引き留めようとした。

「そんなにその子が気になるの?
貴方の兄を散々利用した、久遠寺の娘じゃない。
ハルヤ、もうお遊びの時間は終わったのよ!
貴方はするべきことをしなさい」

声高に告げる女の言葉を無視して、
橘は咄嗟にありすのもとに駆け寄っていた。

「……なぜお嬢様がここに?」
こんなにも、ありすは驚いているのに、
橘の声をいつも通り冷静で、
何の感情も示してこないことに、
ありすは思わず目を見開く。

「あの……駿さんから誘って頂いて……
駿さんの活けられた花を……見に来たんです」

咄嗟にそう答えると、
橘は顔を左右に振る。

「大学はどうされたのですか?」
その答えに答えるより先に、
その女性が、ありすのことを見て、
瞳を細めて小さく笑う。
その表情を見て、ありすは咄嗟に、
この女性に良く思われてないことに気づいてしまう。

「へえ……貴女が久遠寺ありすさんね。
私、橘ハルヤの婚約者ですの。

……常々、ハルヤがお世話になっております」
少々わざとらしく丁寧に会釈をされて、
ありすは言葉を失ってしまう。

「……私は屋敷に戻ります。お嬢様はどうされますか?」
なんとか会釈を返した途端、
橘にそう尋ねられて、ありすはその言葉に頷く。

駿に謝って、今日は帰らせてもらおう。
なんだかよく分からないけれど、
今日は橘の様子が心配だ、とそうありすは
咄嗟に判断していたのであった。

< 55 / 70 >

この作品をシェア

pagetop