溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
(はぁ……なんだか落ち着かないな……)

別に出かける前と何が変わったわけでもない。
なのに橘の私生活を垣間見てしまって、
どうにもありすは気持ちが
落ち着かない状態になっていた。

(さっきの女の人の言い方だと、
橘さん、久遠寺の家のことを
もともと知っているみたいな言い方してた)

もちろん、父が執事を頼むくらいだ、
何かしらの縁のある人である可能性は高いと思ってた。

(でも散々、橘さんの兄を利用してきた、って
あの人は言ってた……)
それはとてもじゃないけど好意的じゃない言い方で。

(それが本当だとしたら、なぜ橘さんはうちの執事なんて引き受けたんだろうか…)

そういえばさっきの女性、名前を名乗ってくれていなかったな、なんてことに今更気づく。


何が何だか分からない。
でもざわざわと気持ちが落ち着かない。

そう思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

そういって静かに部屋に入ってくるのは、
執事の衣装を着た、いつもの橘だった。
なんだかそのことにほっとしてしまう。

「ありがとうございます」
お茶だけおいて、部屋を立ち去ろうとする橘を、
ありすは咄嗟に引き留めてしまう。

このままだとモヤモヤが晴れずに落ち着かない。

「あの……いろいろ聞いてもいいですか?」
そう尋ねると、橘は少し困ったような顔をした。

「全部……お答えできるかどうかは分かりませんが」
コクリとうなづいてありすはベッドに腰掛けたまま、橘の顔を見上げた。

「橘さんはなんでうちの執事の仕事を引き受けて下さったんですか?」
ありすの問いに、一瞬少しだけひるんだような表情を浮かべ、
それから橘は小さく笑みを浮かべた。

「本当はお話しする予定ではなかったんですが……」
じっとその顔を見上げていると、橘は根負けしたように苦笑を漏らす。

「どうしても聞きたそうですね。……そうですね、私が
この家の執事を引き受けたのは、
お嬢様の父上、久遠寺様に頼まれたからです」

執事を、という事だろうか?
ありすがそう尋ねようとすると、
橘は少しありすから視線を逸らした。

「貴女が素晴らしい配偶者を決めるのを、
見届けるように……と、
貴方のお父様からご依頼を受けました」

「……え?」
その言葉にありすは目を丸くする。
「なんで……そんなことを父は、橘さんに頼んだの?」
「……それにはいろいろ事情がありますが……」
それ以上は話すことが出来ない、というように、
橘は愛想の良い笑みを浮かべてあいまいにごまかす。
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