溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「うーん、奇襲作戦か……」

浴槽の縁に顔を乗せたまま、ありすは呟く。

ちょっと……試してみようか?
こんな風に自分に付き合ってくれる人がいるのだ。
自分の気持ちぐらい、
父が集めた人たちに限定せずに、
広い目で見て感じ取った方がいい。

それにありすは、
結婚したいわけではなくて、
自分で「恋」をしてみたいのだ。

なんとなく、瀬名の言い方が、
ありすの心の悪戯心に火をつける。

よし、とあまり性質のよくない決断を下すと、
ありすはお風呂から上がったのだった。


***************


「お疲れ様でした」

ドレッサーの前で椅子に座って、
髪を梳いていると、
橘がお茶の準備をして部屋に入ってくる。
そういえばもっと子供の頃だったけれど、
前の執事は頼めば、
髪の毛ぐらい乾かしてくれた気がする。

ちらりと橘を見上げると、
ありすはちょっとだけ頬に熱を感じながらも、
首をかすかに傾げ、お願いしてみる。

「あの、髪の毛乾かすの、
手伝ってもらえますか?」

ねだるように言った言葉に、
橘は目を細め柔らかくうなづいてくれた。

「ええ、もちろん」

そのまま部屋を出ていくと、
ドライヤーを持って戻ってくる。
コンセントに差し込むと、
橘はありすの背中側に立った。

「よろしいでしょうか?」
「……はい、お願いします……」
ありすが声を掛けると、
ドライヤーから暖かい風が髪の毛に降り注ぐ。
ドレッサーの鏡越しに映るのは、
ドライヤーを掛ける橘と、
髪を梳いてもらっている自分の姿だ。

ゆるゆると指先でありすの長い髪を梳きながら、
橘は、丁寧にありすが熱い思いをすることがないように
注意深くドライヤーの熱風を掛けていく。

優しい指と、暖かい風が心地よい。
思わずうっとりと瞳を細めてしまう。
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