溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「お嬢様の髪はお綺麗ですね……。
まっすぐで柔らかくて、艶があって……」
橘がそんな風にほめ言葉をかけてくれるから
なおのことだ。

「ありがとう」
なんだかくすぐったくてくすりと笑う。
リラックスした様子のありすの髪を
乾かしながら、橘はさりげなく尋ねる。

「それで今日のデートはいかがでしたか?」
柔らかく尋ねられて、ありすは
今日、瀬名にされたことを思い出して、
じわりとうなじに熱を感じる。

(どうしよう……)
ためらうありすの様子に、
橘は別の心配をし始めたようだった。

「何か……あったんでしょうか?」
ドライヤーの熱風がかすかに遠ざかり、
橘の手が止まっている。

「あの……」
ありすは戸惑いながらも、
鏡に映る気遣わしげに自分を見つめる
男の端正な顔を見上げた。

「……今日、俊輔さんに、
キス、されてしまいました」

瞬間、橘の表情がすぅっと冷めたものになる。

「……では。お嬢様は、瀬名様を
お相手に選ばれた、ということでしょうか?」

だが、次の瞬間、
先ほどの視線は見間違いだったのかと思うほど、
橘は柔和な笑みを浮かべ、
鏡の中のありすの顔を覗き込んだ。

「…………」
思わず言ってしまったけれど、
その一瞬の橘の表情の変化を、
鏡越しに見てしまったありすは、
その後の微笑みがあまりにも自然で、
今自分のみた光景は
気のせいだったのかと思ってしまう。

「なるほど。そういうことだったのですね。
……それでしたら旦那様にご相談して……」
笑顔のまま、ありすの髪を優しく梳きながら
言葉を続ける橘に、ありすは慌ててしまう。

「ちがう、違うんです」
咄嗟にありすは椅子から立ち上がり、
後ろを振り向く。 
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