溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「……勘違い?」
のしかかる橘の体温を感じて、
ありすは呼吸が乱れてしまう。
じわりと熱がこみ上げてきて、
涙が浮かぶ。

「そんな可愛い顔をしていらしても、
今日は許せませんね。
先ほど、瀬名様にキスをされた、
とそう言っておきながら、
今度は私にキスをしかけて……。

お嬢様は一体どうされたいのですか?
私だって、一人の男です。
あんな風にされれば、
それなりに反応もすれば、
欲情もするのですよ?」

脅すような言葉を掛けながらも、
橘は冷淡に瞳を細め、
ありすの手を取ると、そっと唇に押し当てる。

「……もう少し大人のレッスンをお望みですか?
それでしたら……」

どこか物慣れた雰囲気の橘に、
ありすはなんだか悲しくなってしまう。

もちろん橘の方がずっと大人だ。
きっと色々知っていて、
だから、モノを知らないありすに、
色々男女のことを教えてくれると、

……そう言っているのだと思った。

「……違うの」
こんな風にされるとドキンとしてしまう。
それは他の人にされて感じるドキドキとは
また全然違うものかも知れない。

もちろん小さな頃に、
しゅんくんに出会った時に感じた、
あのふわふわした感じにも似ているけど、
やっぱりそれとは違っていて。

「……違うって、何がですか?」
その言葉に、ありすはじわりと涙が浮く。

「私は、この間橘さんが、
『こんなのはキスとは言わない』って
……そう言ったことが悲しかったんです」

言葉にしてみて初めて分かる。
他の人とキスをしたのを見せられて、
しかも自分とその後キスをして、
それは、キスとは言わないと言われて。

それが何より悲しかったのだ。

「……お嬢様……?」
ありすの様子に、橘はそっと体をはがそうとする。
ありすの傍らに座りなおそうとした橘の手を
ありすは逆にとらえて目の前の人に問う。

「……じゃあ、橘さんがする、
『キス』だって思うキスはどんなもの……なんですか?」

必死に見つめるありすの顔を見て、
橘は苦しげに瞳を細めた。

「橘さん……」
ぎゅっととらえているのは、
逃げられたくないからだ。
< 69 / 70 >

この作品をシェア

pagetop