王子様はパートタイム使い魔



 リディは気をよくしてにっこり微笑んでエプロンのポケットから小指の先ほどの透明な玉を取り出した。それを宙に放ると、玉は一瞬煙に包まれてスイカほどの大きさになり、風景を映しだす。リディの店でも扱っている魔法アイテム地図球だ。
 ふわふわと宙に浮いた地図球を手のひらに乗せて誘導し、リディは黒猫の目の前に差し出した。

「じゃあ、おさらいね。家の場所は覚えた?」
「だいたいな。小さな町だし」
「それなら、ここは誰の家?」
「ヴィルター」

 リディが地図球を指さし、黒猫が答える。お得意さまの名前を次々に淀みなく答える黒猫にリディは感心した。
 お得意さまは七軒ある。元々人間とはいえ、一度教わっただけで場所と名前を全部覚えるのはなかなか難しい。黒猫青年はかなり記憶力がいいようだ。
 そしてそれは、青年が黒猫使い魔として仕事をする気になったことを表している。やる気がないなら記憶力がよくても覚えないからだ。
 一通り復習テストを終えて地図球を片づけると、リディは拍手をした。

「すご〜い。記憶力いいのね」
「人の名前と顔を覚えるのは得意なんだ。得意というか、ある意味義務のようなものだしな」
「どういうこと?」
「一度でも会ったことのある人間の顔を忘れたり名前を間違えたりすると大変なことになる」
「へぇ。貴族って大変なのね」

 どう大変になるのかは不明だが、リディには計り知れない貴族ならではの気苦労があるらしい。そう考えながら、リディはハタと気づいて黒猫に顔を近づけた。

「ねぇ、庶民の私はあなたに敬語使った方がいいの?」

 黒猫は呆れたように目を細めて顔を退きながら言う。

「タメ口でなに言ってんだ。おまえに今更敬語使われても気持ち悪い」

 それを聞いてリディはホッと胸をなで下ろし、笑顔で顔を退いた。

「よかった。使い魔猫に敬語って変だしね」
「おまえに敬語ができるか怪しいしな」

 余計な一言にムッとして、リディは黒猫の額を指先で小突く。

「失礼ね。丁寧語くらいならできるわよ。これでも客商売してるんだから」
「そういえばそうだったな」


< 16 / 58 >

この作品をシェア

pagetop