王子様はパートタイム使い魔
「あなたのベッドはあそこよ。仕事のないときはいつでも自由に使ってね。でも今日はもう終わりだし、眠いなら家に帰る?」
「は?」
黒猫は眠気も一気に吹っ飛んだかのように、目をまん丸にして耳もひげもピンと立ててリディを凝視した。
固まってしまった黒猫を抱え上げて、リディは目の前で顔を見つめる。
「夕方には帰してやってくれってグレーテ様のお達しなの」
そう言って黒猫の口元に口づけた。
途端に黒猫は白煙に包まれ人の姿へと変わる。金髪碧眼の美しい青年は、一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにニヤリと口元に笑みを浮かべリディの腰を抱き寄せた。
「え……?」
予想外の事態に呆然と見上げるリディに、青年は素早く口づける。益々混乱して頭が真っ白になったリディが、ハッと我に返って青年を突き放そうとしたとき、青年の方がリディから逃れるように体を退いた。
「おっと。また猫になってはかなわない。魔力は補充できたからしばらく大丈夫だろう。世話になったな」
そう言って青年は、リディの返事も待たずにさっさと家を出ていった。
かっこつけているが、額には金の六芒星、首には木綿の赤いスカーフ。木の枝に引っかけても外れるようにゆるめに巻いておいたが、人間になった彼の首にはぎっちり締まっていた。
六芒星の方は前髪で隠れているけど、スカーフの方はいつ気が付くのだろうと想像するとおかしくて、リディはクスリと笑った。そして今更ながら思い出して出入り口の扉を指さしながら叫んだ。
「あーっ! 私のファーストキスーッ!」
リディは今まで、素質はあると言われながらも成果は今ひとつで、学生時代は修行に明け暮れていた。当然ながら恋にうつつを抜かしているヒマなどない。修行を終えて独り立ちしてからは、店を切り盛りするのに精一杯で、同様に恋に目を向ける余裕などなかった。
恋を知る前に人の男性とのファーストキスをあっさり奪われてしまうとは……。
しかも相手は顔がいいだけで性格に難がある自分の使い魔。でも猫の姿をしているときはかわいいので、かわいい使い魔猫に捧げたと思えば少しは気が紛れるかもしれない。