王子様はパートタイム使い魔
うつむきかけた顔をぐいっと上げて、両手で頬をパチンと叩く。両手の拳を握って「よしっ」とつぶやいたとき、後ろから声をかけられた。
「ようリディ。落ち込んでるのかと思ったら気合い入ってんな」
リディが振り返ると、小柄なリディには見上げるような壮年の大男が日焼けした顔に人の良さそうな笑顔をたたえて見つめていた。近所で薬草園を営んでいるベッカーだ。いつも薬の材料になる薬草を届けてくれる。
「こんにちは、ベッカーさん。いつもありがとうございます。でも、しばらくお店を閉めるので配達をお断りする通信符を送ったはずですが……」
「あぁ、来てたぜ」
ベッカーは胸ポケットから取り出した紙片をひらひらと振ってみせる。確かに今日はいつものように薬草をたくさん入れたかごは持っていない。そのかわり、いつもと違ってボタンを喉元まで留めた上着の大きな膨らみが気になった。左側に偏った膨らみは明らかに何かを入れているようだ。ベッカーはそれを抱えるように左手で押さえている。
どうにも気になってリディは上着の膨らみを凝視しながら尋ねた。
「ベッカーさん、それ、なんですか?」
「あぁ、これか。これを届けに来たんだ」
そう言ってベッカーが上着のボタンをひとつ外すと、そこから黒猫がぴょこんと顔を出した。あたりをキョロキョロと見回したあと、目の前のリディに目を留める。宝石のような青い瞳が少し細められ、探るようにリディを見つめた。
額には印の六芒星が見えない。リディが求めていた無印の黒猫だ。こんなに早く使い魔が見つかったことよりも、黒猫の愛らしさに一目で虜となったリディは、猫の顔をのぞき込んで大声を上げた。
「かぁわいい〜」
猫は迷惑そうに目を細めて少し顔を退く。そんなことにはお構いなしにリディは興奮したままベッカーに尋ねた。
「この子、どうしたんですか?」
ベッカーは上着のボタンをさらに外して猫を取りだし、リディに渡しながら説明してくれた。
「うちの畑で罠にかかってたんだ」