王子様はパートタイム使い魔
外に出たリディがなかなか戻ってこない。外で話声が聞こえて、ツヴァイは扉の影から外を窺った。途端に鼻を近づけてきたロバに一瞬たじろいで身を退く。
するとロバの背からからかうような甲高い声が降ってきた。
「おや、失言王子じゃないか。ちゃんと働いてるのかい?」
ムッとしながらツヴァイが見上げると、長毛の黒猫が目を細めて見下ろしていた。見覚えのある黒猫は、王宮魔女グレーテの使い魔ベルタだ。いつもグレーテのそばにはべり、人の心を見透かしたようなそのふてぶてしい表情が、グレーテ共々人だったころのツヴァイは苦手だった。
リディが言っていた通り、猫の姿になっていると猫の言葉がわかるようだ。想像していた通りふてぶてしい。ツヴァイは敵対心を露わにして、耳を後ろに倒し、背中もしっぽも弓なりに丸めてベルタにうなるように言う。
「何しに来た。憎まれ口を叩きに来たならとっとと帰れ!」
ベルタは気にした風もなく、余裕の表情でおもしろそうに鼻をならした。
「ふん。すっかり猫が板に付いてるじゃないか。性格はあまり変わってないようだけどね」
「おまえに言われる筋合いはない!」
ツヴァイの剣幕にリディが心配して割って入った。
「ちょっとちょっと、ツヴァイ、ケンカしないの」
リディにひょいと抱え上げられ、胸元に抱かれて頭を撫でられる。不思議と気持ちが落ち着いてきた。その様子を見ながら、ベルタがおもしろそうに目を細める。反射的に前足を伸ばしてベルタを叩こうとするとリディにたしなめられた。
「こら! ベルタはあなたの服を届けてくれたのよ」
そういえば、昼にそんなことを聞いていた。グレーテが寄越したのだろう。ありがたいが、あいつの世話になるのがなんとなく気に入らない。
ベルタがロバの背中を前足で軽くとんとんと叩くと、ロバは反転して進み始めた。
「ベルタ、ありがとう。グレーテ様にもよろしく伝えてね」
手を振るリディにベルタが振り返る。そしてツヴァイに言った。
「グレーテ様からの伝言だ。人間なんだから、仕事を通して人の気持ちをしっかり学びなさい。だとさ。あたしも時々様子を見に来るからね」
「二度と来るな!」
「こら!」
ツヴァイの頭をリディがぎゅっと押さえる。ムッとしながら黙り込んで、ツヴァイはリディに抱かれたままロバの姿が見えなくなるのを見送った。