王子様はパートタイム使い魔
ツヴァイの出て行った扉を開け放ち、看板を立てて固定する。店内に戻ったリディは、入り口横にある薬草茶やハーブ入りの飴、クッキーなどのお菓子類の在庫を確認し、補充した。店の奥にある薬の陳列棚も在庫を確認する。そして品薄になっている薬の調合を始めた。
材料のハーブや薬草をすりつぶし、呪文とともに調合する。森の木を切ったり畑仕事をしている人が多い町なので、擦り傷切り傷の薬や湿布薬、それに虫さされの薬がよく売れた。
虫の種類によって調合を変えてあるリディの虫さされ用軟膏は、よく効くと町民たちに評判がいい。
たとえばアブと蜂。姿は似ているけど毒の種類がまったく違うのだ。
子どもの頃には”女の子なのに虫が好きなんて”と変人扱いされていたが、意外なところで役立つものだと感心している。
ハーブで作る粉薬の調合を終えて、虫さされ用の軟膏を練っているとき、ツヴァイが入り口から駆け込んできた。
「ただいまーっ。魚の干物をもらったぞ」
「おかえり。昨日ももらったんじゃなかった? ヴィルターさん気前がいいわね」
ディートハウゼン王国は海から離れているので、魚は結構な贅沢品なのだ。だが、中身が貴族のツヴァイにはピンとこないらしい。リディの足下にちょこんと座って不思議そうに首を傾げる。
「そうなのか? あのじーさん初日から上機嫌で、おまえ以上にオレを猫可愛がりするんだ。その場でもチキンのゆでた奴をもらったぞ」
「え?」
ヴィルターはゼーゲンヴァルトでは有名な頑固者で、リディの店に初めて来たときにも無愛想だった。人付き合いが苦手なようで、町の人たちともあまり付き合いがないらしい。
老人の一人暮らしなので、近所の人が気にかけてはいるようだが、ほとんど会話もないと聞いている。そんな頑固老人が猫可愛がりとはリディには想像もできない。
だが、先代使い魔レオンもヴィルターを好きだと言っていた。人は苦手でも猫には素直になれるのかもしれない。そう思うと、どう接していいかわからなかったヴィルターにも親近感を覚える。
リディは少し微笑んでツヴァイが背負った袋に次の配達荷物を詰め込んだ。
「ヴィルターさんって人付き合いが苦手らしいのよ。あんまり忙しくない時はなるべく話し相手になってあげてね」
「聞いてるだけになるけどな」
「それでいいのよ」
荷物を詰め終わってリディが立ち上がると、ツヴァイも立ち上がった。
「次は町長の家だったな」
「そうよ。いつもより遅くなっちゃったから寄り道しないで早く行ってね」
「わかった」
ツヴァイが勢いよく飛び出して行こうとしたとき、入り口から長身で身なりのいい若者が現れた。ツヴァイは彼の足にぶつかりそうになって慌てて横に飛び退く。
若者は身を屈めてツヴァイの頭を撫でた。
「おっと、ごめんよ。黒猫ちゃん」
ツヴァイは不愉快そうに身を退いて若者の横をすり抜けようとする。それをリディが呼び止めた。
「待って、ツヴァイ。行かなくていいわ」
不思議そうに振り返ったツヴァイに、リディは若者を紹介する。
「アーレンスさんの息子さん、ラルフさんよ」
「はじめまして。黒猫ちゃん」
ラルフはツヴァイをのぞき込んでウインクをした。