王子様はパートタイム使い魔
先にとりあえず服を着替えようと思った。なにしろ夕べ着て寝てから丸一日着たきりなのだ。
だからわざわざ正面玄関ではなく通用口にこっそり馬車を回してもらったのに、二階の自室に上がろうとしたところでコルネリウス公爵と鉢合わせしてしまった。
夕食には少し早い微妙な時間だ。いつから王宮にいたのかわからないが、公爵は帰るところだったのかもしれない。もう少し遅く帰ってくればよかったと思いつつ、ユーリウスは努めて平静を装いながら挨拶をする。
「お祖父様、出かけておりましたので挨拶が遅れて申し訳ありません。ユーリウス、ただいま戻りました」
公爵の後ろでローラントが目配せしながら微かに笑みを刻む。どうやらうまく取りなしてくれているようだ。公爵は穏やかな笑みを浮かべてユーリウスに応えた。
「民の生活を学んでいるそうだな。民に混ざって意見を聞いてくるのは活動的なおまえに向いている。聞いてきた民の意見をローラントにも教えてやってくれ。たのむぞ」
「はい」
言葉は柔らかいが、その裏には出しゃばらずに裏方に徹していろと腹の内が見え隠れする。ユーリウスは気付かぬフリをして微笑み返した。
部屋に戻るのは後回しにして、ローラントと一緒に公爵を見送る。馬車の姿が見えなくなってユーリウスはあからさまにホッと息をついた。それを見てローラントがすかさず指摘する。
「兄上、また感情が丸見えです」
「オレがお祖父様を苦手にしていることは使用人にまで知れ渡っている。いまさら隠す必要はないだろう」
使用人どころかおそらく公爵本人も気付いているだろう。
吐き捨てるように言うユーリウスの後ろでクスリと小さな笑い声が聞こえた。ユーリウスが振り返ると、目が合ったディルクが首をすくめた。
「すみません」
目を伏せたディルクの肩をポンと叩いて促す。
「一旦部屋に戻る」
「かしこまりました」
公爵とのやりとりは夕食の時にでもローラントから聞くことにして、ユーリウスはディルクを従えて部屋に引き上げた。