王子様はパートタイム使い魔
もうすぐ正午になる。太陽は高い位置からあたりを照らし、街道を覆うように枝を伸ばした木々の下に影を作った。木漏れ日に煌めく木陰にうずうずしたり、毛並みをなでる穏やかな風に鼻がヒクヒクしたり、いつも通い慣れた街道が別のもののように感じて、ツヴァイはわくわくした。隣にリディがいて他愛のない会話をしていることも楽しい。
しばらくそうしてわくわくしているうちに、荷馬車はヒューゲルの町に着いた。市場通りの入り口で荷台から降りたリディは、ベッカーに礼を言って別れた。
市場通りの喧噪を横目に素通りして、リディはふたつ先の通りに入る。そこは個人客より小売業者に商品を卸している卸業者の店が多い。そのため市場よりずいぶんと落ち着いて静かだ。通りの中程に黒猫ととんがり帽子を模した黒い金属製の看板が突き出した建物があった。近づくと看板の下の扉には「魔女組合ヒューゲル本部」と書かれている。リディはその扉をくぐって建物に入った。
建物の内部は縦にも横にも扉三枚分の広さで左手奥には二階に上がる階段がある。右手壁際にはふたりくらい座れるソファがひとつ。そして入り口正面には木製のカウンターがあり、その後ろの棚には書類の束がびっしりと詰まっていた。棚の横には奥へと続く小さな扉がある。奥にもう一部屋あるようだが、ものがほとんどないのにとにかく狭い。
カウンターの内側にはリディより十歳くらい年上の女性がいた。長い黒髪をうなじの少し上で丸くまとめている。
リディは笑顔で挨拶をしながら、カウンターの上で鞄の中からツヴァイを引っ張り出した。
「こんにちは、イーナさん。この子です」
「こんにちは、リディ。使い魔の登録だったわね。グレーテ様からだいたい聞いてるから、この子のことは書類だけでいいわよ」
「ありがとうございます」
イーナはツヴァイの頭を軽くひと撫でしてリディの前に書類を差し出す。
カウンターの上に座って、何が起こるのか固唾をのんで見つめるツヴァイに、リディは書類を書きながら告げた。
「本当は身体検査とかあるんだけど、あなたは特殊だからグレーテ様が配慮してくれたみたいね。私はもう少し用事があるから、あなたは町の猫たちに挨拶に行ってきていいわよ。一時間くらいしたら帰ってきてね」
「わかった」
ツヴァイはヒラリとカウンターから飛び降りて、入り口の扉にある猫用の出入り口から外に出た。