王子様はパートタイム使い魔
怪訝な表情のまま顔を上げた黒猫は少し離れたところにいるツヴァイに目を留めた。ツヴァイは敵意のないことを表すためにその場で身を伏せる。せっかく出会えた魔女の使い魔黒猫だ。話をする前に縄張りを荒らしにきた不審者扱いされてはたまらない。
無言でゆっくりと近付いてきた黒猫はツヴァイの鼻先に自分の鼻先を近付けた。ツヴァイも猫の本能に従い少し上向いて鼻を近付ける。スンスンと匂いを嗅いだ黒猫はすぐに身を引いた。これが猫同士の挨拶だと本能ではわかっていても、初対面の他者とこれほど近くに顔をつきあわせるというのは、ツヴァイの人の部分が半端なく緊張する。どうやらケンカにはならなかったようでホッとした。
黒猫は余裕の表情でツヴァイに話しかけてきた。
「見かけない顔だな。おまえ使い魔か? どこの魔女に仕えてる?」
相手が落ち着いていて好意的なので、ツヴァイは立ち上がって答えた。
「ツヴァイだ。ゼーゲンヴァルトのリディに仕えている」
「あぁ、レオンの後任か」
「知っているのか?」
「ゼーゲンヴァルトに魔女はひとりしかいないだろ? それにレオンは生き字引のようなじーさんだったからな。長生きしてりゃ知り合いも増える」
「なるほど。おまえも使い魔か?」
「あぁ。ヤンだ」
黒猫は少し振り向いて、今出てきた扉を目で示した。
「あそこで動物専門の病院をやってるエーフィに仕えてる。そのチビは使い魔じゃないけどな。魔女ってのは動物好きが多いらしい」
よく見ると扉の前に『動物専門病院』と書かれた小さなプレートが下げられている。ヤンによると、主に馬車馬や王宮の騎士馬、近隣の町の牛馬を診ているらしい。それと魔女の使い魔猫たち。
魔女エーフィとしては犬や猫など小動物をメインにしたかったようだが、動物専門医は珍しい。そのため人の生活に欠かせない牛や馬などの大動物がメインになってしまったようだ。
大きな動物も嫌いではないが、毎日のように体力勝負の大動物を相手にしていると、小動物を愛でたい欲求が鬱積してしまうらしい。その結果、迷い込んできた子猫や祝福を与えに行った黒猫の兄弟猫を引き取って、今ではヤンの他に、扉の前にいる子猫を含めて五匹の猫と一匹の犬がエーフィと一緒に生活している。