王子様はパートタイム使い魔
リディが気を取られている一瞬の隙をついて、猫は腕の中からひらりと床に降り立った。そしてリディを睨み上げながら怒ったように言う。
「そんなところをじろじろ見るな」
明らかに猫がしゃべった。若い男性の声だ。リディの興味は完全にそちらへ傾いてしまった。猫の前にしゃがみ込んで尋ねる。
「あなた、しゃべれるの? 契約前に言葉の通じる猫って初めて見た」
「オレは猫ではない。故あってこんななりをしているが人間だ」
黒猫は不愉快そうに顔を背ける。その表情は少し照れているようにも見えた。リディが興味深そうに見つめていると、こちらへチラリと視線を向けた黒猫は吐き捨てるように言う。
「ひざを立ててしゃがむな。スカートの中が丸見えだぞ。品のない女だな。オレの周りにそんなレディはいない」
しゃがんだだけで品位をとやかく言われ、リディはムッとしながら猫の額を指先で軽く突いた。
「悪かったわね。猫の視線にまで気を配る上品なレディじゃなくて。あなたどこのお坊ちゃまなのよ」
話の内容から察するに、黒猫は上流階級の内情を見てきたようだ。だが飼われていたわけではないらしい。飼い猫が無印のわけがない。
一応、猫の指摘に従いひざを床に着けて猫の顔をのぞき込む。猫は顔を背けたまま、冗談半分のリディの言葉にまじめに答えた。
「身分は明かせぬが、そういうわけで契約しておまえの下僕になるわけにはいかない」
どうやら契約関係について誤解があるようだ。猫は元々奔放な性質なので、契約を結んだからといって犬のように絶対服従などしない。契約猫として役立つかどうかは信頼関係が不可欠なのだ。もちろん契約によって縛られる猫には、主人に逆らい続けると罰が課せられる。それは猫にとっても主人にとってもいい結果はもたらさない。
リディはこの黒猫と契約を交わしたあと、この店と自分に慣れてもらうためにしばらくはただ一緒に暮らそうと思っていた。