王子様はパートタイム使い魔
ヤンはツヴァイを促して建物の横にある隙間に向かった。そして未だに警戒を解いていない子猫に向かって告げる。
「チビ、こいつを組合に案内してくる。エーフィに言っといてくれ」
「あい」
子猫は居住まいを正してヤンに返事をした。それを横目にツヴァイはヤンの後に続く。
「あいつ使い魔じゃないのに魔女に伝言なんてできるのか?」
「エーフィは動物の言葉はなんでもわかる。だからあんな商売をやってるんだ」
話には聞いていたが、動物の言葉がわかる魔女が本当にいるようだ。それはかなり希有な能力ではないだろうか。
通常、動物は弱みを見せない。弱みを見せると天敵につけいられ命に関わるからだ。外傷なら人間にも見つけやすいが、病気はわからない。人にわかったときにはもう動くのも困難な状態だったりして手の施しようがないのが実情だ。そうなる前に動物の話を聞いてやれると治療で回復する可能性が増す。
人の暮らしを支えている動物を失うのは人にとってもかなり痛い。エーフィが重宝されているのも頷ける。
そんなことを考えながら、ヤンに続いて入った隙間は本当に隙間で、猫なら普通に問題なく通れるが、人間は子供でも通れるかどうかという狭さだ。陽もあまり届かず薄暗い。
しばらく視界をヤンの尻だけにして一直線に進むと、いきなり開けた場所に出た。建物の裏手のようだ。そこは四方を建物の壁に囲まれて、建物の裏口と先ほど通った狭い隙間以外に出入りできない。猫たちの隠れ家としてはうってつけだ。
今は太陽が真上にあるため狭い裏庭全体に日が差している。だが日中のほとんどは建物の陰になっているのだろう。物干しのようなポールは立っているが洗濯物は干されていない。左手の建物は人が住んでいないのが明らかで、裏口の蝶番が外れかけていて扉が傾いていた。その扉の隙間から細身の黒猫がスルリと抜け出してきた。
「あら、ヤン。今日は早いのね」
そう言いながらヤンに近寄ってくる。二匹は鼻先を合わせて挨拶を交わした。口調と匂いからしてメスのようだ。
メス猫はツヴァイにも鼻先を近づけてきた。ツヴァイもそれに応じて挨拶をする。それぞれに挨拶を済ませたメス猫はツヴァイに話しかけてきた。
「見かけない顔ね。もしかして新人使い魔さん?」
「あぁ、ゼーゲンヴァルトのリディに仕えている。ツヴァイだ」
「レオンの後任なのね。あたしは西通りのロッテに仕えているテアよ。よろしくね」