王子様はパートタイム使い魔


 乗合馬車がゼーゲンヴァルトに到着した頃には、日が傾いていた。リディの家に着くと、すでにいつもの店じまいの時間だ。リディも今更店を開くつもりはないようだ。看板は片付けたまま店に入って扉を閉じる。鞄をテーブルの上に下ろして椅子に腰掛けた。
 ツヴァイは鞄からスルリと抜け出して、テーブルの上で全身を思い切り伸ばす。その背中をリディが撫でた。

「今日はお疲れ様」

 撫でる手に合わせて背中も後ろ足も伸びるだけ伸ばしたあと、ツヴァイはテーブルの上に四つ足をそろえて座った。リディの手は背中から頭の上に移動してなで続ける。心地よさに首を伸ばして上向きながらツヴァイは答えた。

「おまえの方が疲れただろう? オレは猫組合にも行けたしおまえと一緒に出かけられて楽しかったぞ」
「そうね。私も久しぶりにロッテさんとお話しできて楽しかったわ」

 ツヴァイは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしながらリディの手に額を擦り付ける。請われるままに頭を撫でながらリディが問いかけた。

「そういえば、途中ですれ違ったりっぱな馬車、貴族のよね。ずっと見てたけど知り合いなの?」

 それを聞いてツヴァイは思い出した。リディが貴族かどうか聞いてみようと思っていたこと。だが、貴族だとしたらコルネリウス公爵を知らないというのも妙な話だ。
 ツヴァイは耳を倒して目を細めながら問い返した。

「おまえは知らないのか? 有名人だぞ」

 だが、リディの返事はのんきなものだった。

「えぇー? 知らないわよ、貴族の有名人なんて。誰なの?」
「コルネリウス公爵だ」
「へぇ。偉い人?」
「現王妃の父君だ」
「そうなんだ」

 まったく興味なさげなリディに若干いらついて、ツヴァイは声を荒げる。

「どうしてそんなにのんきなんだ。あの人に睨まれたら貴族としては致命傷となるような人だぞ」
「私、貴族じゃないもの」
「おまえは貴族の孫だと聞いたぞ」

 途端にリディは不愉快そうに眉を寄せて、フッと息を漏らした。

「あぁ、それね。私の祖母が爵位を戴いてるのよ。厳密な意味では貴族とは違うわ」
「だが、爵位を持ってるなら貴族だろう。おまえは貴族の孫ということに変わりはない」
「爵位はお祖母様の能力と功績に与えられた一代限りのものだから、私には関係ないわ。誰から聞いたの? 内緒にしてるのに」
「身内だ」
「まぁ、貴族や王家にものが言える民間人としては貴族の間じゃお祖母様は一目置かれてるのかもしれないわね」


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