泣き跡に一輪の花Ⅰ~Love or Friends~。



「奈々絵、大丈夫? 今、あづが凄い速さで階段降りてったけど」

 恵美が屋上に入ってきて、言う。


「あぁ? 言い訳ねぇだろ。

 けど、止めらんねーじゃん?
 あんな泣きそうな顔で、拒絶されたらさ」

 ……本当は、心の底では、望んでるハズなんだ。父親に会いたいって、そう思っているハズなんだ。でも、ふんぎりがつかないのだろう。

 十六年もほったらかしにされてたら、会わない方がいいんじゃないかって、そう思ってしまうのだろう。

 ……でも、そうではない。

 アビラン先生は、好きでほったらかしにしてたわけではないんだ。先生は、知らなかったんだ。あづが虐待されていたことを。

 
 アビラン先生はかつて言っていた。穂稀先生は、知り合った時、すでに結婚していたと。それでもアビラン先生は穂稀先生に魅かれ、やがて二人は愛し合うようになったと。でも、旦那を裏切ってアビラン先生と苦楽を共にする気はなくて、二人はやがて破局。別れる直前、二人はこれで最後だと心に決め、一夜を過ごした。

 そして、あづをみごもった。……不倫の子供として。

 ……旦那の元に帰った穂稀先生は、自分達のこと偽ってあづを育てた。そこまでは善かった。

 不倫はしたけど、ちゃんと反省して旦那の元に帰って、三人で仲睦まじく生活できれば、それでよかった。

 でも、そんなの無理だ。だって、アビラン先生は外人なのだから。あづが夫との子ではないとわかるのは、当然の結果だった。


 ……そして、悲劇は始まった。あづは、穂稀先生に虐待された。

 アビラン先生はその悲劇を、全く知らなかった。決して悪意があってあづをほったらかしにしたわけではない。

 あづはそれでも、ほったらかしにされたのが、我慢ならないんだろうな。

 ……そりゃそう、だよな。

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