日常に、ほんの少しの恋を添えて
「実は、すぐ近くにいたんだ。長谷川電話に出ないから、最悪これ家のドアノブにでも掛けておけばいいかなって思ってさ」
「……えっ……す、すみませんでした……ありがとうございます」

 軽く頭を下げてから、折り詰めの入った紙袋を受け取ると、専務はちょっとだけ照れたように微笑んだ。
 それを見たら、きゅん、と胸が切なくなってしまう。

 ――帰ってほしくない。まだ、ここにいて……

 気が付いたら、私は目の前にいる専務のコートの袖をつかんでいた。

「長谷川……?」
「あっ、申し訳ありません! お茶でも、と思ったんですけど……こんな時間ですし無理ですよね。失礼いたしました……」

 専務の訝しげな視線に怖気づいて、コートから手を離しひっこめようとすると、その手を専務に掴まれた。

「え……専務?」
「お茶はいいから。ちょっとだけお前に話があるんだ。いいか?」

 いつになく真剣な表情の専務を前に、私は訳が分からず勢いでこくりと頷いた。

「は、はい……じゃ、狭いですけど中へどうぞ」
「悪いな」

 申し訳なさそうな表情で私の部屋に上がると、専務は興味深そうに室内を眺めている。
 そんなに面白いものでもあるのだろうか。と、ちょっと悩む。どちらかというと私の部屋は物が表に出ていない殺風景な部屋だ。ただ、キッチン用品は多い。
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