日常に、ほんの少しの恋を添えて
「専務、良かったらこっちへ」

 専務にソファーに座るよう勧めてみた。だけど専務は掌を私に向け制止すると、先に床に座り込む。
 あ、気を使ってくれたのか……
 そのことに気付き、私はソファーに浅く腰掛けた。
 それを見届けてから、神妙な面持ちで専務が口を開く。

「今回のこと……せっかく秘書課に配属になって俺についてくれたのに、短期間で担当役員が代わることになって申し訳ない。色々俺の好みとか覚えてくれたりしたのに……こんなに早く無駄になっちまうとは」

 申し訳なさそうに項垂れる専務に、私は「えっ」と声を上げ、慌てる。

「そ、そんなことないです! 短い期間でしたけど、色々教えていただいてありがとうございました。それに謝らなければいけないのはこちらの方です。いろんな場面で、その……助けていただき、ありがとうございました。本当に感謝してるんです」
「いやそれはたまたまだけどな。新しい専務のもとで精一杯がんばれよ? これから何かヘマやらかしても俺は駆けつけてやれないから」
「も、もちろんです! 退社された方を呼び出したりなんてできません!」

 私が焦ると、専務が楽しそうに笑う。

「まあな。それもそうだけど俺、しばらく日本にいないから」
「え?」
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