日常に、ほんの少しの恋を添えて
 専務の口から出た言葉に、私の心臓がひときわ大きく跳ねた。

「……に、日本にいないんですか? どこへ行かれる予定で……」
「うん、年明けから海外の支社を回る予定なんだ。手始めに香港かな。しばらくは日本に帰ってこれない、と思う」
「……」

 帰ってこれない……

「それって、どれくらいなんですか? 半年とか、一年とか……」
「期間? うーん、ちょっとまだわかんないな……世界中にある藤久良の支社を回る予定だから、ヘタすりゃ年単位で日本に帰ってこられないかも……だからマンションもしばらくの間人に貸す予定でいるんだ」

 その言葉に、ス―ッと血の気が引いていく。

 私、大馬鹿だ。
 専務がうちの会社から去ったとしても、住んでいる家も知っているし、もしかしたらいつか前のように街でばったり会うことがあるかも。なんていう淡い期待を抱いていた。
 なのにその期待は、たった今風船が割れるようにパチン、と破れて消えた。
 どうしよう……今、私これまでにないくらいすごく動揺している。
 だって、もう会えなくなるかもしれないなんて思いもしなかったから。

「専務……」
「うん?」
「私、専務が好きです」
 
 言うつもりのなかった言葉を、私は言ってしまった。言わずにいられなかったから。
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