日常に、ほんの少しの恋を添えて
 泣きながら驚く私と対面して驚いたのか、専務は言葉を失ったまま私を見つめていた。

「せ、専務どうし……」
「やっぱり泣いてる」

 言われてハッとなり、私は慌てて頬を流れる涙を手で拭う。けどもう専務にはバレバレだ。彼は困り顔で一歩近づき、私の頬に手を添えた。

「意地っ張り」

 そうひとことだけ言うと、専務の顔が近づいてきて、私の唇に自分の唇を重ねてきた。

「!!」

 唇に触れる、専務のそれはちょっとだけ冷たくて。でも触れ方はとても優しくて。
 私は突然の出来事に頭が働かず、身動きも取れない。
 どうしよう、と固まっていたら、角度を変えてキスがより深くなった。

「んっ……」

 私を翻弄するようなキスを繰り返す専務。私は彼のコートの胸の辺りを掴み、それに必死で応えた。
 いきなりのキスにどうしたの専務? と頭の中は混乱した。
 ――だけど……
 このキスを止めたくない。もっと、もっと触れていたい。
 そしてややあってから、どちらからともなく唇が離れていった。
 
 お互いに言葉もなく下を向いて一分ほど経過した。そして先に口を開いたのは専務だった。

「……ごめん、なんか……さっきお前すげえ泣きそうな顔してたから、もしかしたら泣いてるんじゃないかって思って……」
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