日常に、ほんの少しの恋を添えて
「行かないで……」
「へ?」

 私の口からぽろっと出た言葉に、専務が虚を衝かれたように私を見る。
 ここまでずっと自分の本当の気持ちを言わずに抑えてきたのに、涙と共に言葉も溢れ出した。


「い、行かないで、くださいって……本当はずっとそう言いたかったんですっ……でも困らせたくなくて……でももう、限界です……本当は私、専務に傍に、いてほしいって思っ……」

 しゃくりあげながら、私の本当の気持ちを彼に伝えた。専務はそれを優しい眼差しで見守ってくれた。

「わかった」

 すると真剣な顔をした専務が私の体に腕を回し、抱き上げた。そして部屋の奥へ歩を進めると、私をゆっくり降ろしベッドに座らせる。
 突然の彼の行動に驚き、流れていた涙はいったん引っ込んだ。

「せ、専務……?」
「ずっとは無理だけど、今夜は一緒にいる。……嫌か?」

 コートとジャケットを脱ぎ、床にパサッと置いた専務が、ネクタイを緩めながら私に尋ねてくる。

「いやなわけないじゃないですか……」
「そうか」

 ちょっと安心したように笑った専務が、私の肩に手を回す。その腕に引き寄せられ、私達はキスをした。唇を離した専務が、少しためらいながら口を開く。
 
「お前、経験は?」
「……いちおう、あります」
「……そうなのか」
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