日常に、ほんの少しの恋を添えて
 思いがけず微笑みを返されて、トレイを胸に抱いた私の背筋が伸びた。
 イケメンの笑顔は破壊力がある。よって、笑いかけられるとドキッとしてしまう。これはどうしようもない。

 ――平常心、平常心。私は秘書なんだから。

 私は役員室を出るまで、頭の中でその言葉を何度もリピートした。



 終業時間を過ぎたころ私は専務が運転する高級車で会食場所となるホテルへ向かっていた。

 相手は専務。なのに車運転させてしまってるがいいんだろうか……
 さっきから申し訳なくて、このことばかり考えている。

「専務……申し訳ありません。本来なら私が運転しなければいけないところ……」

 私がこう言って専務を見ると、なぜか彼は表情をこわばらせた。

「そんなこと思ってないよ。それに君免許持ってるの?」
「持ってますが、ペーパーです」

 専務の顔がこわばりを通り越し、引き攣っていく。

「本当にいいから」
「でも……」
「そもそも新見にだって運転してもらったことないよ。いいんだよ、そんなこと気にしなくて」

 専務が私をちらっと見て苦笑する。
 そう言ってもらえると、ちょっと気が楽だ。

「ありがとうございます。ちょっと気持ちが楽になりました」
「そりゃよかった」

 接してみて分かったことだけど、新見さんが言っていたとおり専務って結構私や新見さんにフランクに接してくる。
 それでも大企業の御曹司だし、気分損ねたりしちゃいけないって思って、こっちもすごく気を張ってたんだけど、そんな心配は無用だったみたい。

 意外と専務って私が想像していたよりも庶民的な人なのかな?
 
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