日常に、ほんの少しの恋を添えて
「……湊君、君、随分若い秘書を側に置いてるんだねー!! 以前の会食の際に隣にいた新見さんはどうしたんだい」
「新見は来月寿退社することになりましたので。急遽長谷川についてもらうことになったんですよ」
「そうか、新見さん結婚かー。君んとこの秘書は寿退社が多いな」

 ――やはり、寿退社が多いのか。というと湊専務の秘書もこれまでに何人か変わってるのかもしれないな。
 鍋から湯気がふわふわと立ち始めるのを眺めながら、私はお二方の会話に耳を傾ける。
 岩谷常務が「まずは腹ごしらえから」とお鍋に手を伸ばしたので、しばし食事を。それが終わると世間話から一転、仕事の話に切り替わった。
 今関わってるリゾート施設の話などをしながら、岩谷常務が熱燗に手を伸ばす。それを見た瞬間、私の中の仕事モードにスイッチが入った。

「お酌いたします」

 私は咄嗟に膝立ちになり、熱燗をお猪口に注ぐ。

「おお、悪いね。こんな若くて可愛い子にお酌してもらえるなんて幸せだ」

 岩谷常務のコメントを、笑顔で流す。

 お猪口に注がれた日本酒をおいしそうにくいっと飲む常務。それに対して専務は……とチラッと窺えば、お酒を飲んでいない。さっきからウーロン茶で常務のお相手をしている。
 ――あ、車で来てるからかな? 
 てっきり専務もお酒を飲むだろうと思っていたので、意外だった。
 それからしばらく歓談が続いた。案の定くいくいとお酒がすすむ岩谷常務の顔は、茹で上がったタコのように赤くなっていた。それに伴い、常務の笑い声がひときわ部屋に響くことが増えた。

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