日常に、ほんの少しの恋を添えて
「じょ、常務?」

 ――なっ、なんで隣に来るの!?

 平静を装っているが、内心は大騒ぎである。
 だけどここで勢いに任せてどーん!! と突き飛ばすのもアレだし、まだ何もされていないので逃げるわけにもいかない。
 私は顔が引き攣りそうになるのを、根性と理性でなんとか押さえた。

「湊君がいると君とゆっくり話せないからねえ。うん、近くで見てもやはり可愛いねえ」

 至近距離で私をじろじろ見てくる常務。
 さっきまで全然普通だったのに、お酒が入っただけでこうも変わってしまうのか。さすがにこれには寒気がした。
 怖い。この人怖い!

「あの、そんなに近くで見られると恥ずかしいのですが……」
「いやいや、恥じらう君もいいね! 若いってのはいいねえ、肌がキレイで……」

 吐きそう。

 あまりにもテンプレな「酔っぱらいジジイの戯言」過ぎて、肌がぞわっと粟立った。そしてよくよく理解した。これが新見さんと専務が言っていた、この人の「酒癖」なのだと。
 きっと新見さんも経験したんだろうな。

 ――専務――――!! 早く帰ってきて――!!

 心の中で叫び続けるが、まだ専務の気配はしない。
 だがしかしここで岩谷常務の魔の「手」が私に伸びる。常務は私の手を取ると、さわさわと撫で始めたのだ。

 ギャー―
 びっくりし過ぎて声が出ない。

「きれいな手だね~。すべすべして、柔らかい。ねえ、長谷川さんは彼氏はいるのかね?」
「ひっ……お、おりませんが、何か」
「そうかね! いや、こんな若くてかわいいんだから彼氏の一人や二人いるだろうと思っていたんだが、いないのか。なんとももったいない……」
「ええ……?」

 常務が私に向ける視線が、まるで私を品定めしているよう。
 いやだ……!

 ぞわあああと、寒気がする。
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