日常に、ほんの少しの恋を添えて
「……なんか、私来ない方が良かったんじゃないですか? かえってご迷惑をかけてしまったような……」

 支払いを済ませ、ホテルのエントランスに向かいながら私は独り言のようにぼそ、と零す。するとしっかり耳に届いていたのか、即座に「否」と専務から返事が返ってきた。

「場に女性がいるといないとでは岩谷さんの機嫌が全然違うんだ。それに女性がいないとあの人飲み屋の姉ちゃんとか連れてくるからな……俺はそれが苦手で」

 ははあ、なるほど。だから私を同伴させたのか……
 ていうか専務、プロのお姉さん苦手なのか。なんだか意外だな。

 帰りは専務が家の近くまで送ってくれた。駅まででいいです! と遠慮したのに、
「そういうわけにはいかない。こういった状況下では上司は部下を家まで送り届ける義務がある」
ときっぱり言われ、仕方なくお願いすることに。

 慣れない高級な車で、会社の上司とはいえ御曹司のイケメンと二人きりなんて、緊張しない方がおかしいっていう状況だ。
 私は黙って助手席の窓から外を眺めていた。

「……どうした、疲れたか」

 私が何も言葉を発しないので気になったのか、専務の方から声をかけてきた。

「そりゃ、専務と二人きりなんて緊張しますよ」
「……なんで? 俺なんかした?」

 不思議そうな顔で専務が聞き返してくる。

「いや、そういうんじゃなくてですね……なんていうか、役員と平社員、ましてや私新入社員なので、専務となんて何を話せばいいのかさっぱり……」

 なんとなく察知してくれ、と言わんばかりに私が語尾をごにょごにょと濁すと、専務はちらっと私を見て、また前に向き直る。
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