日常に、ほんの少しの恋を添えて
「今は勤務時間外だ。普通に話してくれていいぞ。俺は時間外まで気を遣われるのは好きじゃない」
「……や、でも……」
「いいんだよ。俺がそうしたいんだから」

 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、かといって何を話そう。あ、そうだ……

「専務ってお菓子、嫌いなんですか」

 突然の質問に、前を見据えていた専務の口がぽかん、と開いた。

「お菓子」
「はい」
「それって、どういったものを指すんだ? スナック菓子とか、和菓子とか……」
「私趣味がお菓子作りなんです。なので洋菓子とかですかね」
「俺甘いもの嫌いだから、食べないんだよね」
「……」

 想定内だけど、バッサリ斬られた……

 この後に続く会話が浮かばない。どうしよう。

 私が必死に話題を探していると、ふいに専務がちらっと私を見る。

「……なんか、甘い匂いがすると思ったんだよ。君か」
「え、そうですか? なんだろ、バニラエッセンスの香りかな……」

 自分じゃ匂いになんて気が付いていないので、私は自分の服の袖口の辺りの匂いを嗅いでみる。

「匂い、しませんけど……」
「いや、間違いない。君から甘い香りがする」

 丁度ここで信号が赤になった。
 車を停止させた専務が助手席のシートに手をかけた。そして私の方に顔を向けると、そのまま私の顔の辺りまで近づけてくる。

「えっ……」

 思いがけず至近距離にいる専務に、私の鼓動が早鐘を打ち始める。
 私が動揺しているのに気付いているのかいないのか、専務はスン、と匂いを嗅ぐと私と視線を合わせ、ニヤッと笑った。

「ほら、甘い」
「‼」
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