日常に、ほんの少しの恋を添えて
「いいよ。今までありがとう」

 私が表情を変えずきっぱりこう言うと、彼の表情は一瞬引きつった。けど、すぐにごそごそと財布を取り出すとコーヒー代と思しきお金をテーブルに置いた。
「じゃあ、ごめんな。こっちこそありがとう」

 そう言って彼は先に店を出て行った。
 彼の気配が完全に消えたのを確認してから、私は大きくため息をつく。

 振られてしまった。
 人生初振られである。

 だけど意外と冷静でいられている自分に驚いた。
 私、どこかで彼とこうなることわかってたんじゃないのかな。じゃなかったらこんなに落ち着いていられるはずがないもの。
 少し冷めたコーヒーを飲み干してから、私はカフェを出た。
 歩きながら、彼の言葉を思い出す。

 ――喜怒哀楽か……

 確かに自分は可愛げがないなあと思うことはあった。

 プレゼントをもらった時とか、嬉しいんだけどそれをうまく彼に伝えられなくて、普通にありがとう、と言ったら彼微妙な顔してたし……あれはきっともっと喜ぶと思ってたんだろうな、と後になってから彼に申し訳ないことをしたなとひどく後悔したっけ。

 でも感情表現がヘタクソなのは持って生まれた性格だ、どうにもならない。
 むしろ傷が深くなる前に別れてよかったのかもしれない、とさえ思えてくる。
 いや、そう思った方が傷は浅く済むはずだ。

 歩きながら人知れずため息を落とす。
 ああ、恋愛って難しい。

 こんなことを考える私――長谷川志緒二十三歳。

 今人生で一番よくわからない物、それは恋愛だ。このままじゃ私、もう恋なんかできないのではないだろうか……
 だけどこの後、一生に一度の恋が待ってるなんて、私は全く想像していなかったのだ。

 そう、あの人と出会うまでは。

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