恋愛預金満期日 
 僕はあまりの嬉しさに、仕事終わると駅とは反対の方向へ歩いた。

 たまには新しいネクタイと靴下でも買おうと、デパートへ足を向けたのだが、僕は目の前の光景に足が止まってしまった。

 僕の目に彼女の姿が入ったのだ。
 ベージュのコートに身を包んだ彼女は立ち止まったまま何かを見ていた。

 彼女の目線の先には、山下の姿があった。

 山下は辺りを確認するように見渡し、赤い車の助手席に乗り込んだ。
 運手席には若い女性の姿があった。
 いくら鈍感な僕が見ても、山下の行動に運転席の女性が奥さんでは無い事が分かった。

 彼女は切なそうな顔をして立ち尽くしていた……

 僕は彼女の横を黙って通り過ぎる事が出来なかった。


「こんばんは……」
 僕は小さい声で、恐る恐る声を掛けた。


「あっ、銀行の……」
 彼女は我に返ったようだ。


「海原です」


「こんばんは」
 彼女はやっとの作り笑顔を見せた。


 僕は彼女の笑顔に何かしなければと、とっさに口から出てしまったのだ。


「あの、お忙しいですか? 五分だけ待っていてもらえませんか?」

「ええ……」

 と彼女の曖昧な返事を聞く前に、僕は走り出した。


 そして、デパートの中へ入った。

 え―っと、え―っと、白だ! 絶対白だ! そう、ふかふかのやつ! 
 僕は目当ての物を見つけると、急いでレジに向かった。

「プレゼント用にお包しますか?」
 若い店員が愛想よく聞いてくるが、

「値段とって、すぐ使えるようにして下さい」

 僕の慌てぶりに、店員も慌てて品物を紙袋に入れ渡してくれた。

 僕は又走って彼女の元へ向かった。


 彼女は、建物の壁に寄り掛かるように立っていた。

「すみません…… お待たせして……」
 僕は息を切らしながら頭を下げた。

「いいえ…… どうしたんですか?」
 
 
「これ……」
 僕は紙袋を彼女に差し出した。

「私に、ですか?」
 彼女は不思議そうな顔をしている。


「はい! 開けて見て下さい」

 僕の言葉に彼女は袋を開けた。


「わ―。可愛い。でも、私頂く訳には……」


「いいんです。首が寒いっておっしゃってなので…… とにかく巻いて見て下さい」

 僕は無理やり、彼女の手にした白いマフラーを奪い、彼女の首に巻いた。


「暖かい……」
 彼女は白いマフラーの中に顔を埋めた。


「やっぱり、白が似合う。僕のセンスですみません……」

「そんな…… 本当に頂いていいですか?」

「はい、勿論。その為に買って来たんですから……」

「ありがとうございます」

 彼女の顔が少し、ほほ笑んだように見えた。


「あの…… 夕食一緒に食べて頂けませんか?」
 僕は自然に言葉が出てしまった。

「えっ」

「ごめんなさい…… ナンパとかじゃないですから! 僕、今日凄く良いことがあったんです。だから、一緒にお祝いして下さい」

「でも、なんで私が?」

「あなたのお蔭なんです。だから、おごらせて下さい。何がいいですか?」

 僕は歩き出した。

 彼女も後ろから付いて来た。


 僕も自分の強引さに驚いたが、もう後には引けなかった。

 僕の目に『鍋』の看板が映った。


「寒いし…… 鍋でどうです?」

「あっ。はい……」

 彼女は半信半疑のまま返事をしていたが、僕は彼女を鍋の店の入り口に促した。
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