恋愛預金満期日 
 僕と彼女は壁で仕切られた席に、向き合って座った。
 彼女はマフラーを外すと丁寧に畳んで、脱いだコートの上に置いた。


 僕は店の窓から向かいのイタリアンの看板を見つけた。

「すみません、勝手に…… イタリアンとかの方が良かったかな?」
 僕は頭に手をやった。

「いいえ、寒いし今日は鍋の気分ですよ」

「良かったぁ。何にしましょうか?」
 僕はメニューを広げ彼女に見せた。

「キムチ鍋とかどうですか?」
 彼女がメニューを指さした。

「いいですね。他には? 何でも頼んで下さい」

「じゃあ、トマトサラダと枝豆!」

 彼女の言葉に僕は、彼女が僕と食事をする覚悟を決めたように感じた。


「生ビールも、ですね?」
 僕は彼女を見た、

「あれ? ばれちゃいました」
 彼女はぺろりと舌を出した。

 ジョッキで乾杯をし、枝豆をつまみながら、キムチ鍋の煮えるのを待った。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」
 彼女が鍋を気にしながら言った。

「どうぞ」

「いい事って、何があったんですか?」
 彼女は、鍋から目を離し僕を見た。

「たいした事じゃいんです。今日、大手企業の担当を任されたんです」

「凄いじゃないですか!」

「凄くなんか無いんです。僕の歳なら当たり前の事です。でも、僕初めて本気で仕事したんです。呆れちゃいますよね?」

「どうして、本気で仕事しようと?」

「情けない話、後輩に怒られたんです。本気で仕事しろ、って」

「もしかして神谷さんですか?」

「どうして分かったんですか?」
 僕は驚いた。


「う―ん。チャラチャラしいるように見えるけど、仕事に対しては半端じゃない気がするし、運動をやっていらしたんじゃないですか? 部活とかで心も鍛えられた人かなって…… だから、半端な事が許せないんじゃないかな?」


「そうなんです。僕よりしっかりした後輩です」

 僕はそう言いながら、神谷の姿を見抜いていた彼女の目に、僕の姿はどんな風に映っていたのだろうか? 僕は怖くて聞けなかった。

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