恋愛預金満期日 
 僕は紳士服のチェーン店の駐車場に車を停めた。

 僕は彼女と並んで店の中を歩いた。

 当然僕の心臓はドキドキしっぱなしだ。


「私思うんですけど、海原さんはこっちの方は似合うんじゃないかな?」

 彼女はグレーの少し細めのスーツを持って来た。

 僕は小さな体を隠す為に、いつも大きめのスーツを着ていたのだ……


「騙されたと思って試して見て下さい」

 彼女はスーツを手にし、僕の背中を試着室へと押した。

 僕は渋々、試着室の中へ入った。


「どうかな?」

 僕はスーツに着替え、試着室のカーテンを開けた。

「やっぱり!」

 彼女は両手を合わせた。

 鏡を見た僕は、自分に驚いた。以外に堂々と見えたのだ…… 


 彼女はもう一着スーツを手にしていた。

「今度はこっち」

 彼女はスーツを僕に渡した。


「はいはい」

 僕は又試着室に入った。


「どうですか?」

 僕がカーテンを開けると、彼女の横に落着いた男性の店員がにこやかに立っていた。

「お似合いです」
 店員が言った。


「う~ん。悩むなあ。やっぱりさっきの方かな?」

 彼女の言葉に、僕はこっそり値札を見た。

 五万五千円…… まさかの出費だ。

 でも鏡に映る自分に買ってもいいかなぁと思った。


 Yシャツはサービスとの事に、僕が普段選ばない薄いグレーのストライプのシャツを、何度もスーツと合わせ選んだ。

 そして、ネクタイを何本か抱えてきた。
 一本持っては、僕の顔とスーツと代わるがわるに見比べて考えている。

 僕は何度も彼女に顔を見られ、恥ずかしくてクラクラしてきそうだ……


「これだ!」

 彼女は納得したようで、ネクタイを手にして僕に向かって言った。

「これは、私にプレゼントさせて下さい」

 彼女は僕が断る間も無く、ネクタイをレジへと持って行ってしまった。



 会計を済ませた僕に、店員が耳打ちをした。

「センスのいい彼女でいらっしゃいますね。お似合いでしたよ」

 店員はほほ笑んで、僕に紙袋に入ったスーツを渡した。
 
 顔が熱くなるのが自分でもわかった。


「ねえねえ、海原さん」

 彼女は笑いを堪えた目で僕を見た。

 この顔をしている時は何か企んでいる時だ。

「なんですか?」
 僕は慎重に尋ねた。

 
「あの人、悪い人ですかね? 私、連れてかれちゃいますかね?」

 彼女は店の奥で、黒いスーツを試着している、割腹の良い人相の悪そうな男性の方を見た。


「あの人は……。 僕の上司です」

「えっ」

 彼女のしまったと言う顔に、僕は笑ってしまった。

「悪い人探すのって、難しいですね」
 彼女は口を尖らして言った。


「別に、わざわざ悪い人探さなくてもいいでしょ?」
 僕は彼女を見た。

「え―。だって、私連れてかれちゃうじゃないですか?」

 彼女の僕をからかっている笑みに、僕の胸は又高鳴ってしまった。


 それと同時に、今、山下の事を聞くチャンスなのかもしれないと思ったが、僕は聞けなかった…… 

 彼女は何故、今日僕の所へ来たのだろう? 
 もしかして、山下に会えない休日に寂しくなり僕の所へ来たのだろうか? 
 それでもいい…… 

 今はこの彼女との楽しい時間が続いてくれるのなら…… 


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