意地悪な両思い


 その飲み会がある金曜日の夕方。
時計の針は既に午後6時を指している。

心配しなくても速水さんからは朝連絡が入っていた。今日飲み会へ参加することを教えてくれたんだ。

「市田も来れたらよかったのにね」

「来週は参加できるよ」

「じゃぁ我慢する」
 なんて、文面だと速水さんはいつもより素直。
一色さんとあと木野さんもいるから、やきもきするキモチはあるけど、この調子だと大丈夫かな…。


 飲み会へと向かおうとしている長嶋さんに私は軽く挨拶した。
営業部が一色さんを歓迎して開いた飲み会だから、うちの部署からは長嶋さんしか参加しない。

遠くで営業部と合流する長嶋さんの姿が見えた。


 私たち企画部内で今日残ってるのは、私ともう一人事務の子ぐらい。
同じフロアにある営業部はもちろん全員いないから、なんだかがらんとして見える。

ちょっとトイレ行こうかな。
休憩もかねて、オフィス奥にあるお手洗いへ向かった。


すると、

「あれ?」

「え?木野さん?」
 そこには、飲み会に行かれたはずの彼女の姿。
鏡の前で、マスカラ片手に化粧を直している。
何千円とする、高級メーカーのやつだった。


「今から出るんですけど、今日暑くて化粧くずれちゃったから。」

「あぁ。なるほど。」
 直さなくてもどこも崩れていないように見える化粧は、アイラインはいつもより跳ねて、アイシャドウもきらきらラメの鮮やかピンク。

いつもより濃いめに思える。
木野さんも一色さんいるから意識してるのかもな。


眺める私に構いなく、鏡とにらめっこする木野さん。
口紅を取り出したから、化粧直しは終盤らしい。真っ赤なルージュを唇にさした。

「じゃぁ行ってらっしゃい。」
 会釈して、個室へと入ろうとした私を

「今日、来ないんですか?」
 急に彼女は手を止めて振り返ってきた。
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