意地悪な両思い
「あっ、今日はちょっと仕事が溜まってて。」
「ふーん、市田さん余裕ですね。
一色さんがいるってのに。」
「え?」
鏡越しで見る木野さんは”んまっ”と上唇と下唇をあわせて、口紅をなじませた。
「あんな綺麗な人が一か月も速水さんの傍にいるんですよ?
不安じゃないんですか?」
「なんで、速水さんの名前が?」
速水さんと付き合ってることは会社の人には誰にもいってない。
ましてや木野さんになんて。
「別に~。私は速水さん狙ってるんで。
一色さんにとられたくないだけです。」
木野さんはポーチに洗面台に拡げていた化粧品の数々を入れ始めた。
「そんなはっきり……」
私には言えない―――
「外野で見てるだけなんて、何も変わらないですからね。
言わないと捕られますよ?」
今度は髪の毛をてぐしでとかす。
「それに例え付き合っていたとしても、」
そこで不自然に手をとめた。そして振り返って私に目をあわせる。
「速水さんがずっと好きでいてくれる確証なんてないですよね。」
にこっと首を傾けて言って見せたその言葉に、
「あっ。」
びくつくだけで私は何も言えない。
「市田さん気持ち隠すなら、
速水さんへの思いってその程度なんですね。」
「そんなことない!」
すぐに浮かんだその言葉を、やっぱり口にはできずに。
「じゃぁ私飲み会言ってくるんで。」
なにも言い返さない私を無視して、カツカツヒール音を立てて去っていく木野さん。
「あ、そうそう。もうひとつあったんだった。」
パチンとその場で手のひらをたたいて、私の耳にそっと近づいた。
「速水さんと一色さん付き合ってたらしいですよ」
「じゃぁ遅れるんで。」
にこりと微笑んで今度こそその場からいなくなった。