意地悪な両思い
「ただいま~…」
真っ暗な部屋の中、私の声だけが響く。
8時半ぐらいまで仕事しようと思ってたのに、結局できなかったな。
全然手につかなかったんだよね―――ぎりぎりやらなきゃいけないところまでは終わらせてきたけど。
下駄箱の棚上に鍵を置いた。
時計の針は、午後8時を指している。
鞄をその場に投げ捨てると、私はひとまず水を飲むことにした。
「うわー、冷蔵庫の中空っぽ。」
あるのは味噌ぐらいなもんだ。
もう今日は素麺でいいや。食欲もないし。
ごくっと喉を潤した。
お湯を沸騰させながら、携帯を確認する。
「飲み行ってくるね」
速水さんから来てたメッセージ。
「飲み過ぎないでね」
もう遅いかもだけどそれだけ送った。
すぐに既読がつく。
「今ひっそり抜けて煙草休憩中。
もう帰ったの?夜電話してい?」
その言葉通り、深夜12時くらいに速水さんから電話があった。
「お疲れさま。」
先に私が言った。
「お疲れさま。寝てた?」
「んーん、テレビ見てたから。
もうお家ついたの?」
「さっきね。
今日思ったより帰るの早かったね?」
「なんか集中きれちゃって。
持って帰ってきたから、明日家でちょっとやるつもり。」
「そっか。」
電話越しに、彼の家の冷蔵庫が空く音が聞こえた。
「それより何かあった?電話なんて。
眠たくないの?」
「んー?」
酔い覚ましに水を飲んでいるらしい。喉が鳴る音がする。
「今週あんまり喋る機会なかったから。
声聞きたいなーと思って。」
「……ふーん」
「うれし?」
「うん。」
小さく返事した私に彼がハハハッと笑った。
「市田日曜日会わない?」
「あー……日曜日ごめん私予定入ってるや。」
「そうなの?」
「うん。来週は?」
つくえの端に置いてる卓上カレンダーに私は目をやった。
「あーいいよ。
じゃぁ金曜日飲み会だし、一緒に内緒で帰ってそのまま泊まってく?」
「そうしよっか。内緒で一緒に帰れるか不安だけど。」
「大丈夫でしょ。
後から合流すれば。」
「分かった。じゃぁまた月曜日ね。」
「はーい。おやすみ。」
そこで電話を切る。
もう一度卓上カレンダーに目をやった。
明後日日曜日、そこには何も書かれてない。
「嘘ついちゃったな……」