意地悪な両思い
「じゃぁよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
ふたりはぺこりと頭をさげあう。
「市田さん。」
「え!?あ、はい!」
すっかり輪から外れていた私に、雨宮さんはそのタイミングで話をふってきた。
「そんなわけでもしかしたら今日、いつもより長めにお願いするかもですけど、」
「あ、はい!」
急に名前を呼ばれて驚いてしまったが、そういう理由なら納得だ。
速水さんと雨宮さんをいつも困らせてる××さん、なら私だって二人の力に、ってちょっと待てよ?
今日長めって―――あ、まずい。
「速水さん!」
気づいた私は彼に声をかける、
なんて雨宮さんの前でできるわけなく。
「先、俺戻ります。」
平然と速水さんは階段を昇って部署に戻っていく。
「待って」
その言葉は私の口の中。
「市田さんもしよかったら、今日することの引継ぎ今からしておきたいんですけど、」
もう一方の彼はそう言って、下の部署の扉を人一人入れる分開けて見せた。
わずか隙間しかないが、奥にいる宮崎さんがこちらに気づいて挨拶してくれてる。他にも私に挨拶してくれてる人が幾人か。
「あぁ。」
逃げれない空気に私はそのまま扉をくぐる。
でもそこでもう一度階段の方を振り返ってみた。
当然藍色のスーツは見えない。
ましてや階段を昇る足音も聞こえない。
「市田さんすみません、僕が呼び止めたばかりに時間とらせちゃって。
すぐ終わらせるので…」
「あ、雨宮さん。」
そう分かったときにはダメだった。
「ちょっと速水さんに用事を思い出して!」
そうして私の脚は雨宮さんと逆方向を向いて、階段を駆け上がる。
引き留める彼の声は耳に届かない。
だめだ、このままなんて。
このまま速水さんに何も話さないままなんて、お昼メールするとかサイアク夜まで持ち越すとかそういうのなんて。
違和感を感じる速水さんの前じゃ、絶対いやだ。
「速水さん!!」
踊り場から、藍色の背が部署の扉に入ろうとしているのが見えた。