意地悪な両思い
そんな風に私が声をあげて追いかけてくるとは思ってもみなかったのか、びくっとなった背はパッと振り返って
「ど、どした?」
階段近くに歩み寄ってきてくれる。
「えっと、えっと。」
よかった、とりあえず引き留めれたと思った私は最後の段をゆっくり上った。
若干呼吸が乱れてる。
歳のせい?ってそんなこと気にしてる場合じゃないけど。
「とりあえずはいるか。
……廊下響くし。」
速水さんに頷くと彼は先導して、部署の隣に設置されてる会議室に躊躇なく足を踏み入れる。
そこは本当に大事な時にしか使わない、隔離された部屋。研修とか面談とかそういうときにも使うけれど、私は年に何回かしかそこへ足を踏み入れない。
おそらく速水さんとか長嶋さんとか上役の人はよく使ってるんだろう、慣れた手つきでぽちっと電気のボタンを押してる。そのままかちゃりと鍵を閉めた。
「……いいんですか?」
思わず聞き返す。
「いいんじゃない?休憩中だし。」
から笑いを浮かべる彼に、少しだけ背徳感が薄まった気がした。
「それでどうした?」
「……うん。」
基本12名用の部屋。そこの中央にテーブルが設置してあって、ふわふわの椅子がきちんとお利口に揃ってる。
でも速水さんはそれを無視してテーブル上に座って、おまけにネクタイも少し緩めて完全二人っきりモード。
「カメラなんてないよ。」
とどぎまぎしてる私に思わず笑って言ってきた。
「そりゃ分かるけど。」
「うん。」
微笑を浮かべて、続けてちょっと疲れましたと珍しく弱音を吐いた。
「ちょっと近く来て、市田。」
「ダメですよ。」
相変わらず私は扉近くで動いてないままで。
「今日頑張って仕事こなしてたんだけど。」
そう言われてしまうと、さっきの光景が脳裏に浮かんだ私は仕方なしに、伸ばされた彼の右手指部分にそっと触れた。