意地悪な両思い


 ブーブー…
鞄の中で微かに振動している携帯のバイブ音。

一緒に帰ると約束したその人よりも早くに仕事が終わった私は、そのまま会社で待っているわけにもいかないので近くの本屋で暇つぶし。

店内にいくら音楽がかかっているとはいえ、曲の音量はほんの嗜み程度。
本を買い求めている他のお客さんの邪魔になるのは悪いから、パラパラとめくっていた雑誌をあわてて平台に置きなおし携帯を取り出す。


 スマホを開くと、連絡をくれた本人の名前が表示されて

『待たせてごめん。仕事終わったよ。』
 メッセージが画面に広がる。

残業残業と朝嘆いていたくせに、終わってみれば彼の方が大変だったんだからなんだか申し訳ない。


 私は雑誌を改めて平台の上にきちんと置くと、本屋を出ると同時に電話をかけた。

かけた人は、もちろん今連絡をくれた相手と同じ人。

本屋で暇つぶししていることは彼に伝えているから大丈夫だろうけれど、本屋まで向かいに来てくれることになっているし、その人は今から会社でるところなのかな?それとももう本屋についたところなのかな?

何回電話をしてもどこか緊張してしまうそれに、心臓を鼓動させつつ

「もしもし。」
 5回目のコール音が終わると同時に、速水さんの声は私の耳に届いてきた。

「お疲れ様です。」

「うん、お疲れ。」
 彼の低音が心地よく広がる。

結構速水さんの声好き。
まだ一回も本人に伝えたことはないけど。


「もう駐車場いてくれてますか?」
 とりあえずお店から出て右に足を進ませてみた。
きょろきょろと彼の車と思わしきものを探し始める。

「うん。入り口近くらへんなんだけど、分かるかな。
右だよ。」

「右?あ。」
 方向あってるかなと迷いつつも駐車された車を2、3台追い越したところで、見覚えのある車が目に入った。

「見つけました!」
 それでも少し不安に思って試しに手を軽く振ってみる。

「…俺も見つけた。」
 子供かよって笑いながらも同じように手を振ってみせてくれる彼。

「速水さんも子供っぽい。」

「おい。」
 くすっと私は冗談ですよと笑った。

 続けて彼の助手席の扉を開ける。

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