エリート御曹司とお見合い恋愛!?
「まだ寝ていないと駄目ですよ。送っていきます。ご自宅ですか? それとも」

「いや、まだホテルに荷物とか置きっぱなしで」

「分かりました、早く行きましょう」

 倉木さんの手を引いて外に出ると、迷いなくタクシー乗り場に向かう。ホテルの中が暖かかっただけに、寒さが際立った。

 とにかく急ごうと足を進めていると、突然倉木さんが吹き出した。懸命に笑いを堪えている倉木さんを、今度は私が目を白黒させて見る。

「どうしたんですか?」

「いや」

 そこで列をなしている一番前のタクシーが後ろのドアを開けてくれたのでおとなしく乗り込むことにした。私が先に乗り、行き先を告げると、車内は妙な沈黙に包まれる。

 運転手さんもあまり話す人ではないらしい。倉木さんはやっぱり体調が悪いのか、座席のシートに体を預け深く息を吐いた。大丈夫だろうか、と横目に見ると、目が合ってしまい、条件反射で逸らしてしまう。

 話したいことがあるけれど、でも今ここでするようなことでもない気がして。勢いで同乗してしまったけれど、これでよかったんだろうか。

 倉木さんの視線をひしひしと感じながら、あれこれ考えを巡らせていると、不意に左手に温もりを感じた。

 驚いて視線を投げかけると、倉木さんの右手が重ねられていて私の心臓は跳ねる。でも倉木さんは背もたれに体を預けたまま前を見ていたので、私もなにも言わなかった。早くついて欲しいような、欲しくないような複雑な思いが渦巻いた。
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