エリート御曹司とお見合い恋愛!?
 そのとき視界の端に、思いも寄らない人物が映り、私は横断歩道の真ん中であるのにも関わらず、思わず立ち止まってしまった。

 私服だったので、一瞬分からなかったのだが、こうも何回も会っていると顔と髪型、もとい雰囲気で分かる。駅の東口のところで携帯画面に視線を送っているのは倉木さんだった。

 いつもスーツを着てきっちりしているイメージだったけれど、今はバスクシャツをインナーにジャケットを羽織っていて、どこかラフな感じだ。

 新鮮さと、こんなところで会えたことに私の心は舞い上がり、慌てて横断歩道を渡りきる。どうしよう。声をかけてもいいのだろうか。

 でも、私たちの関係は社内のみの約束だし。けれど、付き合っていないとしても、知り合いに社外で会って挨拶するのは不自然なことではないはず。

 脳内会議を終えて、どっちみにか東口に向かわねばならないのだから、という結論に達し、私は倉木さんの方にゆっくりと歩み寄った。

 一歩近づくたびに心臓の音が大きくなる。なんて声をかけようかと迷っていると倉木さんの視線が画面から浮いた。一瞬だけドキリとしたが、その心臓は違う意味で跳ね上がる。倉木さんの元に女性が駆け寄ってきた。

 ここからだと顔は見えず後姿だけだ。でも、肩まで伸びた長い艶のある髪が揺れてベージュのハットを被っている。

 七分袖のダークブラウンのトップスに白のスカートというシンプルな組み合わせだけど、どこか気品が漂っているのが十分に伝わってくる。

 倉木さんは呆れたような顔を見せてからなにか女性と話して、そのままふたりは並んで、東口から去っていった。私は、買い物袋の紐を改めて強く握った。さっきまで暖かいと思っていたのに、今は体の芯から冷えているようだ。

『ビルから出たお互いのプライベートには干渉しない』

 じっと自分の足元を見据えると、ゆっくりと現れた雲が太陽を覆って、影を消していく。あの女性が誰なのか、という質問は野暮だ。自分だって、他の男性に会うために服を買っているくせに。

 自嘲的な笑みを浮かべて、私は駅の構内へ駆けた。お見合いは一週間後に迫っている。それは倉木さんとの付き合いの終わりでもあった。
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